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2009年6月27日 (土)

犬あたま

物事を見たり聞いたりして考えるとき、その切り口って何らかの背景やベースがあってのことだと思う。

だから、立場が違ったり、目的が違ったりするだけでなく、価値観なんかも関わってくるから、人それぞれになる訳だ。

同じことを別の人が分析するときの断面、つまり切り口は、そのナイフの入れ方によって様々に趣を変える。

個性が反映されたり、いわゆるオリジナリティが尊重されたりすることにも携わる。

だから新鮮であり、またおもしろいのであろう。

でここまでは一般論、まあ真面目な話。

以下はホントどうでもよいものなので読み飛ばしていただいてかまいません。

(えっ、だったら書くなって?ごもっとも、あしからず、です、ハイ。)

犬と暮らす、ひとくちに言うけど、文字通り朝から晩まで生活に関わってくる。

室内飼いだとさらにその密度は上がる。

まあ、家族の一員であるから当たり前といったらそうなのだが、やはりなまじ言葉が介在しないだけに、こちら側が想像して補う分が加味されるためか、感じ覚えるところの印象が強いのかも知れない。(全くいい加減な仮説です。)

で、タイトルの「犬あたま」。

”犬”を基準というか念頭に置いてにものを考えてみる、切ってみると、なかなかに目新しい、意外と面白いことに気付いた。いや気付いたと言うよりそこにハマっていたと言うべきかな。

マジメな話で言えば、社会のあり方、今後の予想なんかに繋がること。

例えば、既に出始めているペットの介護の問題など、ほんの一例だ。

たぶん、これの需要が増してくるにつれて、資格化とかシステム化とかされていくだろうし、そこには市場の原理も介入してくるだろうと思う。

また、いろいろな業種がペットとの関わりをそれぞれの中に取り込んでいくだろうと思われる。

これまた、そこに経済の歯車が動き出すのは同様であろうし。

くだらない話で言えば、、、

やっぱり、こっちはやめときます。

興が乗ったらまたそのうちに。。。

失礼しました。(*_ _)

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コメント

「ペット」と呼ばれた動物を、「コンパニオンアニマル」と呼び変えて、

平たく言うと、中身は同じだけれど商品名、変えてミマシタ…と、感じている方は多いのではないかと思います。

だけどその裏側では…本当に、商品として、美しくない部分を、生々しい命の部分を、削られている事も多々あるのではないかと…そう思えてなりません。

ん~~、もしかしてこの先は、Laddypanさんが、せっかく割愛した部分を掘り下げてしまうかもしれないし、または、とんでもなくカンチガイな方向に走るかもしれないので、う。思いとどまりますっ!!

「犬あたま」…さてさて、Laddyちゃんの頭の中や、いかにっ??!

続き、楽しみにしてますね~!!!

めりさん、ありがとうございます。

いや、やめておいたのは、ホント、そんな高尚なものでなく、あまりにもバカバカしかったので思いとどまったものです。
いや、例え酔っぱらった勢いで続きを書いても、翌日速攻で削除するような代物ですよ。
楽しみになどなされませぬよう。。。(苦笑) (人><。)

でも、めりさんの仰りたいことは分かりますよ。
問題の本質から遠ざかるような、言い換え、誤魔化しみたいなものって至る所にありますよね。
そう、生命ってものをただ単に経済の論理でわりきってはいかん、と思うのですよ。
これまた難しい問題ではありますが、せめてそういう気持ちだけでも持っていたいと思います。

ラディーのあたまのなかですか?
きっと、「遊んでビーム」(目から発射されます!)の素がいっぱ~い詰まっているんだと思いますよ。。。

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