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2010年5月15日 (土)

思いつき(そのまた続き)

ちょっとだけ巻き戻し。

前回のエントリで例に出させていただいた言葉。

”雌犬は気まぐれ~”といったくだりです。

 

実はこれ、この一連のエントリの冒頭で触れておりますが、根本的に解決困難な問題を含んでいます。

 

お気付きでしょうか。

ミステリーで言う、ミスリードを気取るほど、さして文章を練っているわけではありません。書いていて気がついた次第です。

 

それは二つ。

 

一つは、実は男性には女性が理解できないのではないか?ということです。

(あ、逆もまた真なり、かもしれませんが。)

 

気まぐれにみえる、感じるというのは、理解できないだけというオチですかね。

(ごめんなさい、元の発言を決して悪く言っているのではないことをご理解をば。仮定法、みたいなものとお考え下さい。)

 

そして更に大前提、人は犬を、いえいえ、もっと言えば、人と人であっても、果たして”理解”というのは可能なのか、ということです。

 

(うわー、訳分かんなくなってきましたね!こんなものにお付き合いいただいている方がいらっしゃたら誠に申し訳ない。)

 

ただ、思うにことコミュニケーションにおいては真なる”理解”というのは相当に困難なものであるのではないかということです。

例えば心と心がダイレクトに繋がるような状態、テレパシーと称されるものであれ、そのような機器が発明され用いられたとしても、詰まるところ理解をする側とされる側の基本前提、価値観や認識段階が異なっていたら、それは完全互換という概念には至らないものなのではないか、なんて言えちゃったりして。

(げ、イカン方向に進みつつありますな。。)

 

話を戻します。

 

つまり、ことほどさように「理解」というのは奥が深いって事ではあるのです。

 

が、このままだと話が進みません。

更に伸びていってしまいます。

既にさんざん引きずり回してしまいましたでしょうか。

 

このミスリードもどきも本望ではありません。

(いずれまたこんな話に行き着くかも知れませんが、ひとまず枝葉末節と致しましょう。)

 

 

私の考えを述べます。 

 

 

 

 

「例えばディスクをするとき、行動自体に性別による違いは存在しない。但し性差による差異は現れることがある。」

 

と思うのです。

 

きちんとこの仕事(あえてそう言います。)を命令され、達成することで犬達は、そこに喜びを見いだして従います。

遊びに思えて単純に楽しみを享受するというより、やはりリーダーの命に従い、それを成し遂げることのうれしさの方が大きい、そう感じる生き物なのだと思います。

 

だから、そこには雌雄による相違は無いと思うのです。

 

あるとすれば、♂♀のつくりの違いに由来する現れ方の違いのみではないかと。

 

例えば、身体の構造の差異、筋力の違いによる走行スピード、ジャンプ力、などでしょうか。

ただ、これは性別の違いよりも、個体による違いの方が目立つと思います。

 

 

なんだか当たり前すぎて面白味に欠ける意見かも知れません。

 

まあ、これさえもあくまで私見。。

ホントのところは”?”なんですけどね。

 

 

さて、これは具体的に目で見ることの出来る部分についてのこと。

 

そもそもの疑問、脳の構造に由来するところはいかがなものなのでしょうか?

 

最後に、ようやく元の場所に帰りまして、この点についても考えを巡らせて、本エントリを結びたいと思います。

 

ラスト1!

 

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